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個別記事の管理2021-04-14 (Wed)
国語の周辺

すみれ


伯父より母が貰ったもので、殆ど開くことのない歳時記があります。
その中に「春かなし」という季語を見ました。

桜の風情に寄せる季語もまた、美しいものです。
花筏、花曇、花衣、花冷え・・・
詩歌に流れる大和心を思います。

このところ、風に舞い散る花びらの下を歩きながら、今日この時と同じ日はないのだと
桜とのお別れもまた、かなしと思っていました。

こうした惜春の情は、今年は一層、悲しみの色合いが加わっています。
日本の自然や伝統文化の豊かさ、日本人の持ち得た精神性も消えゆくような
人心の荒廃や世情の変遷にやりきれない思いが続いているからでしょう。


石平氏撮影 令和3年桜 2石平氏 撮影1
              石平氏撮影
                    石平が観た日本の風景と日本の美   京都平安神宮
                    

つた ライン


失われていくものは、先祖が開拓し守り育てた自然や粋を凝らした構築物や調和のとれた佇まいです。

北海道は、土地の売買の規制法も整備出来ないまま、
広大な、それも国防上枢要な土地も含めて、外国資本に買い叩かれています。
北海道に限らず、日本国中が予想する以上の惨状ではと、不安が募ります。

コロナ禍で、経済が停滞し、歴史を持つ店舗が店をたたみ、
中国資本に買われることが頻繁に起こっていることは、悔しく悲しいものです。

特に、京都が一望できる清水寺付近のビルが、中国人に買われたニュースを
チャンネル桜の番組で早々に知った時には、衝撃でした。
あれほどの文化伝統を象徴するような風趣が、思想も精神も異なる外国人に買われてしまったのです。
失われていくものは、二度と取り返せないと、いたたまれない思いに苛まされています。


日本の外国勢力の浸透ぶりは、喧伝されるオーストラリアに於ける
中共のサイレントインベージョンの遥か上をいっているかもしれないのです。
ごくわずかの例外の方を除いて、日本を護らない政治家、官僚、経済界、
メディア等の私欲に走るばかりの薄ら寒さがあります。
私風情が知り得る日本の危機的状況すら、関心の外の「今だけ、金だけ、自分だけ」の能天気さ、
或いは積極的な反日行為に憎悪の気持ちがふつふつと湧き上がります。


アイヌが先住民族という嘘の歴史で、800億円の博物館が出来、次々と類似の建物が作られ、
毎年予算が4億円が付いていることは、日本を護る気のない政治家の利権獲得の成果なのでしょう。
外国勢力の手が入ったウポポイの怪しさそのものです。

一方で正当な北海道開拓の歴史を消そうとする動きは、用意周到に進んでいます。
開拓の象徴である百年記念塔は、補修されることなく、老朽化するにまかせ、
いよいよ取り壊しの予算を組むような状況と聞きます。
因みに同時期に建てられた大阪万博の象徴ともいえる太陽の塔は、補修を重ね立派に機能しているそうです。
北海道は、真実の歴史は消してしまえと言わんばかりの暴虐がここかしこで進行中です。

そもそもアイヌは、鎌倉時代に北海道に渡ってきた人々であり、現在は長年にわたる国連を利用した策動で、
アメリカのネイティブアメリカンと同様の先住民族と言う形にされ、日本は加害者であったと
新たな捏造の歴史を作り出し、国民に刷り込みが始まっています。

その先には日本に対しアイヌ自治国まがいの要求が待ち構え、日本分断に持っていこうとする
内外勢力の危険な動きが報告されています。
虎ノ門ニュースやチャンネル桜の番組では、早くから危機意識を持って語られてきました。
日本には内なる敵と外国勢力との共闘で日本瓦解の道が進んでいるのです。
何とかしなければ、日本・・・。


つた ライン


国を危うくする日本の政治に、気持ちが沈むことは、まだまだ、切りなくあるのですが、
今回のブログのカテゴリを国語の周辺として始めていますので、俳句の話に戻して、気分を変えます。

読書案内に優れた宮崎正弘氏のメルマガの配信が楽しみなことは再三、
書いておりますが、またしても、心をうつ俳句の案内がありました。

2020年2月3日の「十六夜日記」と題した記事で紹介した
小田宅子をご先祖に持つ、高倉健(本名 小田剛一)の一族の才能豊かな表現者としての
血脈を思いました。
  
*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
 高倉健の七回忌、「剛健忌」に寄せて実妹が詠んだ
  「君よ憤怒の河を渡れ」は優しさを秘めた日本男児の姿を描いた
   
  森敏子『飛花落花』(文学の森)
 
「花曇り 身をくぐりゆく 水の音」

  などの秀逸な句がならぶ。
  一度、ざっと通読したが、かなり時間を掛けて読み直したいと思った。

  詠み人の兄への思い、果てしなき哀惜、悲嘆と希望、その心理の奥底まで透けて見えるような、
  情緒に溢れる作品ばかりで、科学文明の現代だからこそ、こうした情緒の薫り高い俳句が、
  しずかに、多くの日本人に詠まれるのだろう。

  知人の山本悦夫氏が評する。
 「怪しげで妖艶な美しさがあり、研ぎ澄まされた感性に、時には鬼気迫るものがある。
  この世とあの世、そしてそのどこかに兄、高倉健の姿が影となって見え隠れする」。

  推薦の辞を元内閣官房副長官の古川貞二郎氏が寄せている。
 
  評者(宮崎)が印象深いと思ったのは、

「女にも 武士道ありし 白菖蒲」
「兄に逢ひたし 夕顔の ひらききり」
「死に顔に まみえぬ訣れ 冬銀河」 


  作者森敏子氏の自薦の三句は、

「魂魄の ひそむ桜に 待たれいし」
「桜月 身の門の 揺らぎけり」
「水音の 暮れても桜の 薄明かり」






建物のライン

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個別記事の管理2021-03-20 (Sat)
国語の周辺

すみれ


  机の周りを整理していたら、厚紙に心に残る言葉を書き付けていたものを見つけました。


本がある。我々は独りではないのだ。
不安でたまらない淋しさに襲われるとき、
悲しみの底で歯がみするとき、
本には人間の生命を立たしめる力がある。
                     斎藤孝



 確かに、そう思うのです。以前に書き留めていた時と変わらず、しみじみ、そう思うのです。
 まさに無芸大食の私が唯一、本の世界があったことは、大いなる救いだったと言えます。
 
 そして今日のタイトルに「言葉はいのち」としたのも、
 言葉の堆積が一冊の本となり、過去から未来へ人々の思いが残され、
 受け取っていけることの幸せがあります。
 特に心に沁み入るような感動を覚えるからこそ、
 「言葉はいのち」の受け渡しと思ってしまうのです。

 そして、「独りではないのだ」には「ひとりではないから」と歌う曲を何の拍子か、
 最近、何度も口ずさんでいたことに何かしら、意味付けしたくなるものでした。


 1972年(昭和47年)NHK朝の連続テレビ小説の主題歌「藍より青く」の
 一番の歌詞に歌われる「ひとりではないから」の言葉が、印象深く残っていたものです。
 
 本田路津子の澄んだ声が、言葉を暖かく包み込みます。


      「耳をすましてごらん」

          https://www.youtube.com/watch?v=USErLVMmHyM


歌 :本田路津子
作詞:山田太一   作曲:湯浅譲二


耳をすましてごらん
あれははるかな 海のとどろき
めぐり逢い 見つめあい
誓いあったあの日から
生きるの 強く
ひとりではないから

旅をつづけてはるか
ひとりふり向く 遠いふるさと
想い出に しあわせに
寂しくないわと ほほえんで
生きるの 強く
あの海があるから

空を見上げてごらん
あれは南の 風のささやき
時は過ぎ 人は去り
冬の世界を 歩むとも
生きるの 強く
あの愛があるから



つた ライン


 言葉の力を感じさせてくれたのは、選抜高校野球の球児の宣誓でした。

 門田隆将氏がツイッターで紹介されています。

  門田隆将@KadotaRyusho
  選抜甲子園が2年ぶりに戻ってきた。開会式で仙台育英の島貫丞主将が
  「当たり前だと思う日常は誰かの努力や協力で成り立っている事を学びました」と
  選手宣誓し、感謝と感動と希望について語った。
  思わず息を呑んだ。コロナ禍を吹き飛ばす歴史に残る宣誓。心から、有難う。


93回選抜高校野球大会 開会式 ( 2021319    甲子園 )

  93回選抜高校野球大会の開会式が19日、兵庫県西宮市の甲子園球場で開幕。
昨春は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止と
なり、2年ぶりの開催。

開会式では、仙台育英の島貫丞(じょう)主将(3年)が選手宣誓を行った。
「甲子園が戻ってきた」「感謝」「感動」「希望」などの言葉で
全国の球児の気持ちを代弁。
福島県出身で、東日本大震災から10年が経過した思いも込めた。

 よどみない約320秒の宣誓に、インターネット上では
「選手宣誓のひと言ひと言に感動で涙が止まらない」「感動しました」
「めちゃ素敵な選手宣誓やった…ちょっと泣きそうなりました」
「言葉に思いがぎっしりと詰まっている」などの声が聞かれた。

つた ライン

【選手宣誓全文】

 きょう、ここに高校球児の憧れの舞台である甲子園が戻ってきました。
この一年、日本や世界中に多くの困難があり、それぞれが大切な多くのものを失いました。
答えのない悲しみを受け入れることは、苦しくてつらいことでした。
しかし、同時に多くのことを学びました。

当たり前だと思う日常は誰かの努力や協力で、成り立っているということです。
 
感謝。ありがとうございます。
これは出場校全ての選手、全国の高校球児の思いです。
 感動。喜びを分かち合える仲間とともに、甲子園で野球ができることに
感動しています。
 希望。失った過去を未来に求めて希望を語り、実現する世の中に。
 そして、この3月で東日本大震災から10年となりました。

日本、世界中に多くの協力や支援をいただき、仲間に支えられながら
困難を乗り越え、10年前、あの日見た光景から想像できないほど
希望の未来に、復興が進んでいます。
これからの10年、私たちが新しい日本の力になれるように、歩み続けます。
 春はセンバツから。
穏やかで鮮やかな春、そして、一年となりますように。
2
年分の甲子園。一投一打に多くの思いを込めてプレーすることを誓います。

          
 仙台育英野球部主将 島貫丞

つた ライン
 
 
多くの人が称賛されるように、17、18歳の高校生が、これだけ心を尽くした言葉を
発することが出来ることに驚嘆します。

東日本大震災による悲しみや苦しみを乗り越えようとする先に、
コロナ禍に見舞われた球児たちの目標も定まらないなか、
黙々と練習に励んできた結果のこの晴れの日だったのですから、言葉は真摯に力強く、
心の奥底から突き上げてくるような思いの表白となります。
言葉の力といったものを感じさせてくれました。 
    
ただでさえ、失われがちな社会秩序や環境変化にあって、動じることなく
日々の厳しい練習を経て培われた忍耐や克己心に多くの人が、
心を動かされ、励まされます。

言葉はいのちを持つのですね。


建物のライン

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個別記事の管理2021-03-16 (Tue)
日本の善き香り

すみれ



    ふいに、さくらさくらの歌が口をついて出てきました。
さくらさくら

  
  歌うと、いつも心に描く美しい桜が、目の前にあらわれてきます。
  桜の開花を心待ちにする感覚が、歌を思い出させるのでしょう。

  昨日は、現代の私たちが使う「懐かしい」という言葉は、古語辞典ではどのように
  解説されているのだろうと古語辞典、序に国語辞典と引いていました。

  【なつかしい】
     
     国語辞典
          ①思い出されて恋しい(例)幼い時がなつかしい ②心がひかれる、慕わしい  
     古語辞典 
          ①心がひかれる、慕わしい ②親しみやすい ③愛情がこまやかだ

 
       ※現在過去に心がひかれて慕わしいという意が出てくるのは中世末から
      

  齢をとればとるほどに、昔のことが甦ってきます。
  幼かった頃、若かった頃、心弾むような楽しい事柄や印象は、
  思い出す度、心を温かくし、満ち足りた思いに誘うのです。
  昔日の感動を反芻しながら、いよいよ美しいものとして心に宿り続けます。


   「さくらさくら」または「さくら」は、伝統的な日本の歌曲

日本古謡と表記される場合が多いが、実際は幕末江戸で子供用の
の手ほどき曲として作られたもの。
作者は不明。
もともと「咲いた桜」という歌詞がついていた。
その優美なメロディから
明治以降、歌として一般に広まり、
現在の歌詞が付けられたものである。
13小節目以降の違いで3通りのメロディがある。

1888年(明治21年)に発行された東京音楽学校の「箏曲集」に記載がある。
日本の代表的な歌として国際的な場面で歌われることも多い。  ~Wikipediaより~

 
 絢爛と咲き誇る桜の美しさを表現し、演奏した先人たちによって、
 受け継がれてきた麗しい曲です。
 心を震わせる端麗な曲を今の私たちが同じ心で歌えることは、感激一入です。
 
 まさに、なつかしさも最上のものは、桜だと言えます。
 幾年も幾年も咲き続け、歌い継がれ、詠み継がれていく懐かしい桜なのですね。


つた ライン

 
   小林秀雄氏が歴史を学ぶ心について書いています。

 歴史は涙なくしては学べない 歴史を知ることは自己を知ることだ。
 歴史を学ぶとは、歴史を生きてきた先人の思いを自分がしみじみと追体験することだ。
 胸の中の熱い思いを共有し、涙を流すとき、はじめて歴史を学んだことになる。

 過去の時代の歴史的限界性を認めるのはよい。
 しかし、その歴史的限界性にもかかわらず、その時代の人々が、いかにその時代の
 たった今を生き抜いたかに対する尊敬の念を忘れてはだめだ。
 その尊敬の念を忘れたところには、歴史の形骸があるばかりだ。


桜を想う時、日本の歴史を思うのです。

桜は古代より毎年、決まって見事に咲いて人々を楽しませてくれます。
それに引き換え、誇るべき歴史を持った日本国民は、その有難さを忘れ、
歴史を忘れた国民として、戦後を歩んできました。

只今の文科省ひとつとっても、およそ日本を愛し、先人の偉業を讃え、
国家の歴史を大切にし、未来へ語り継ごうとする姿は、見出せません。

それどころか、ありもしない従軍慰安婦を復活させた山川出版社の
中学歴史教科書を検定合格させたのですから、愚かさも極まれりと言えます。
この国家を毀損する犯罪とも言える偏差値エリート集団の姿は、
日本の教育が如何に歪んだものであるか、失敗を重ねてきたかの証左となります。


 日本の歴史と共にあった桜です。
 風雪に耐えてきた桜の強さと美しさに恥じない日本人でありたいものです。
  
  そう思う時、硫黄島で日本を護るため、死力を尽くして、戦ってくださった
  栗林忠道中将(後に大将)の遺された和歌を思い出します。

  これらの歌を身に沁みて思うのです。


 国の為 重き努を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき
 仇討たで 野辺には朽ちじ 吾は又 七度生れて 矛を執らむぞ
 醜草(しこぐさ)の 島に蔓る 其の時の 皇国の行手 一途に思う


                  硫黄島の戦い  過去記事】
                  2014/9/26 硫黄島からの手紙1
                  2014/9/27 硫黄島からの手紙2
                  2014/10/1 硫黄島からの手紙3


建物のライン

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