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個別記事の管理2019-03-23 (Sat)
国語の周辺

すみれ



とうとう、判明しました。

中学生の頃、読んだ推理小説、
その名も「非常階段」に行き着いたのです。

読んでいたのは、文庫本といった類ではなく、
「中三コース」あるいは「中三時代」といった名称の学習雑誌の
付録であったかもしれないと思う、ぼんやりとした記憶のなかのものでした。


題名も著者もわからず、覚えているのは、小説の輪郭のみです。

日頃から作り話が多い嘘つきと思われている少年が、たまたま殺人の現場を垣間見てしまい、
両親に報告するも信じてもらえず、むしろ殺人犯たちにこの少年が現場を目撃したのだとばれ、
追い詰められていくなかに非常階段を伝って逃げる少年の恐怖が描かれていたこと。

また、少年と殺人犯の男女がタクシーに乗り込んでいる場面が
出てきていたことも覚えているのです。

タクシーの運転手に切羽詰まった状況を訴える少年ですが、
「日頃から、この子は嘘ばかりついて困っているのです・・・」などと
両親に扮した殺人犯たちの巧妙な言い回しに、少年の必死の訴えは運転手には、届きません。

結末はどのようであったのか。全く思い出せないのです。
記憶の欠片を集めるジグソーパズルとするならば、肝心のピースも抜け落ちています。

ただ、少年の凍り付くような恐怖や絶望感、胸が早鐘を打つような不安と緊張、
畳かけるようなスリリングな展開が、半世紀後の今も記憶に残っているのです。

突如として意識に上った本は、半世紀前のもやに覆われたものでした。

その本が姿をあらわすきっかけは、数日前、ネットを検索していたところ、
福島正実と言う名前が出てきたことから始まりました。
この人は、確か、前述の学習雑誌の付録の冊子や翻訳本でよく目にしていた
名前だったのではと懐かしさが甦ります。
 
いろいろと関連する内容をあたっているうちに
「非常階段」という本の題名を目にすることになったのです。

もしかしたら、私の記憶の中にある「非常階段」そのものではと心が逸ります。


「非常階段」コーネル・ウールリッチ傑作短編集 別巻 とあり、

本の表紙には、
The Boy Cried Murder の文字が見えるじゃありませんか!

まさにこれだと!
非常階段


早速、総合図書館のネット検索です。
しかし、コーネル・ウールリッチ傑作短編集でも他の作品しかありません。
書店に電話しても、取り寄せが出来ないものだと言われ、がっかりしていました。

更に、県立図書館のネット検索しても所蔵無しでした。
このサイトをよくよく見れば、県内の図書館の本も取り寄せできるのだとわかり、
列挙された数多くの市町村のなかから、隣の久留米市の図書館に一冊あることが判明したのです。
こうして、漸く行き着いたお目当ての本は、只今申し込みをして連絡待ちの状態となりました。

些細なこととはいえ、手がかりも少ないおぼろげな古い記憶も
その存在が形となるまで辿れるネットの威力は、凄いものだと感心します。

ネットの威力などと書くと、情報社会の中、良くも悪くもその利便性と危険性との
背中合わせのなかに生きている私たちだと考えさせられるものです。
そのことで書き出すと話が逸れて長くなりそうです。 (オッと、危ない危ない(笑))

ここは素直に喜んで、図書館からの入庫の連絡を心待ちにしていることのみ
書くに留めます。(^^♪



つた ライン


更に、更に、
数か月前に読んでいた「幻の女」の作者が
このコーネル・ウールリッチ、その人だったとは、余計に驚いたものでした

非常階段
非常階段―コーネル・ウールリッチ傑作短篇集〈別巻〉単行本 – 2003/7
コーネル ウールリッチ (著), Cornell Woolrich (原著), 稲葉 明雄 (翻訳)

内容(「BOOK」データベースより)
殺人現場を目撃したことを誰にも信じてもらえない少年の孤軍奮闘ぶりを
サスペンスフルに描く表題作など、
ウールリッチ=アイリッシュの名訳者が遺した傑作7篇。

緑ライン 

ウィリアム・アイリッシュ(William Irish, 1903年12月4日 - 1968年9月25日)は、
アメリカ合衆国の推理作家。
本名はコーネル・ジョージ・ホプリー=ウールリッチ(Cornell George Hopley-Woolrich)。

主にコーネル・ウールリッチという名前で創作活動を行っていたが、

一部の作品ではウィリアム・アイリッシュやジョージ・ホプリーという筆名を使用していた。

日本ではアイリッシュ名義の『幻の女』が有名であるためか、
ウィリアム・アイリッシュと呼ばれることが多い。


追われる者の不安や孤独を描くことを得意としており、
その作風はサスペンス派に分類することができる。
哀愁味が溢れる美しい文体から、“サスペンスの詩人”と呼ばれている。

『幻の女』の冒頭の一文はとりわけ有名でしばしば引用され、
  作家の小泉喜美子は「どれだけの人が衝撃を受けただろう」と書いている。

The night was young, and so was he.
But the night was sweet, and he was sour.


夜は若く、彼も若かった。
が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。
               (稲葉昭雄 訳)
夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。
               (同氏 1994年 訳)


ストーリー設定としては、期限内に事件を解決しなければ死んでしまうという
タイム・リミットを設定したものや、
自分は無実なのに誰も自分の言うことを信じてくれないといった状況を描いたものが多い。
論理的な推理を中心に据えた本格推理とは一線を画する。

長編の代表作である1942年の『幻の女』は、
江戸川乱歩の「新しい探偵小説であり、すぐに訳すべきである」という評価によって
日本で圧倒的な知名度を持っている。
短編の代表作である1942年の『裏窓』は、アルフレッド・ヒッチコック監督により映画化された。

    ~Wikipediaより




建物のライン


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個別記事の管理2019-03-07 (Thu)
国語の周辺

すみれ



政を司る政治家や官僚たちの半端ない亡国ぶりに
怒りと情けなさが心を塞ぐものです。
日本の真実の歴史を教えず、ひたすら移民を入れ、
日本の善き国柄を壊していくことに、悔恨の情や痛惜の念ももなく、
ひたすら、私利私欲の為に利用するかのような売国的政治家や官僚たちの有様。

産業界には愛国心を忘れたただの欲惚けたちが経済活動の中枢にいること。
更には、日本を混乱に陥れ、間接侵略の言葉が現実となることの恐怖すら、
隠蔽してしまうオールドメディアの横暴を目にしなくてはいけない世の中には
いたたまれない気持ちになります。

実に偉そうな物言いをしている私の人生と言えば、文字通り、
無芸大食としか言いようがないものですから恥ずかしい限りです。
誇れるものは、何一つないものの
日本に生まれたことが、如何に晴れがましいことであり、
僥倖だと気がついたことは、私にとっては、生きる張りになるような
たいそう喜ばしいものでした。
長い伝統文化を繋いできてくださった先祖への深い尊崇と感謝の念が、
心の内に灯っていることが束の間の楽しさを運びます。

先日も日本人の洗脳機関に成り下がってしまったオールドメディアのことを
周囲に伝えることが上手くいかず、気まずい思いをして落ち込んでいました。
日本の行方の懸念が度々、心を沈ませるそんな時、
目下の楽しいことをすることで、一時なりとも解消出来ます。

コーラスが歌うことの楽しさを教えてくれたのです。
楽しいことに身を置くことで気分を変え、物事を前向きに捉えることが
出来るようになるようです。
そこで週に一回では物足りないと、唱歌や童謡を歌える別のところを
見つけて通っているのです。

コーラス以外も新たに始めているのですが、
何を隠そう、続けられるのは全て、宿題がない!
これはいいものです。
俳句の会も再三、勧められるものの断り続けるのも
宿題有りが難点となるからです。
今も小学校の「夏休みの友」以来の悪弊が続いています。(笑)
          下矢印 赤 
  2015年3月25日に「遠い日のつくつく法師」と題して書いています。
       http://yomogimochi1012.blog.fc2.com/blog-entry-189.html
  思い出深いものですが、頂戴したコメントも素晴らしく
  何度も読み返しては、楽しんでいます。

やり直しの勉強は取り敢えず、続けているものですから、
私としては大したものです。何ともレベルの低い話ですが。(笑)

たわいもなく、何の落ちもない私の無芸大食の話はこの辺で。


つた ライン


タイトルにした「無芸大食には過分の」は、
この日本の長い間に堆積された豊潤な文化伝統が、無芸大食の私には
身に過ぎるものと今更ながらの思いからです。

心に浮かぶもののなかで、どれをどう書けば、この思いを表現できるのかと
ここ数日、迷っておりました。

そんななか、産経新聞に掲載された施光恒氏の文章に引用されたなかにあるものが、
まさに私の思いを言い当てるヒントを与えてくださったと
朝からご機嫌な気分になっております。


後方に載せた施光恒氏の文章に書かれた桧原桜については、
2015年4月14日に「朧月夜と桧原桜」と題して書いています。

これを書いていた当時、心ある庶民と市長との桜を愛おしむ心が通じ合い、結果として
血の通った行政が取り行われたことの麗しい出来事として捉えていました。

せめてはあと二旬 ついの開花をと歌に託して願った人の心が、
歌を詠む市長に繋がるまでも、以後の伐採案が変更になるまでも
多くの善意の人たちの働きかけがあったことだと思っていました。


事実、それには違いないのですが、施光恒氏が引用された團伊玖磨氏の「パイプのけむり」
(実際の出典は「さてさてパイプのけむり」)の文章によって気づかされたのです。

 ついの開花を願った誰か判らぬ心の優しい人は、
 ヘルメットを被って伐採反対運動を組織する愚も、座り込みもしなかった。
 そして、只、一首の歌を桜の枝に吊ったのだった。
 工事の責任者はその短冊を千切らずに市長に伝えて呉(く)れた。

「工事の責任者はその短冊を千切らずに市長に伝えて呉れた」とある件です。


先々の変更や中止といった起こり得る面倒を考えれば、
行政側の関係者だけではなく、利害関係者、はたまた道行く人が
短冊を引き千切らなかったことの視点が、抜け落ちていたと気づかされたのです。

桜を愛で風流を解する人々の連鎖が行政の決定を覆すという奇跡を生み出したのだと、
ある意味、常識的に浅いところで思っていました。

しかし、もっと深いところに根差す伝統文化というものがここに在ると思い返されたのです。
日本人が古より作り上げてきた伝統文化の裾野の広がりを見る思いでした。
 
万葉集には、貴賤を問わず多くの歌が残されています。
万葉集が編まれたことは、広く詠む人がいただけでなく、
そこには詠めずとも読み取る多くの人がいて、受け取る心が育っていたことになります。

日本人の自然と共に育まれた感受性や美意識や長い歴史のなかで培われた社会的規範が、
無意識の総和となって「桧原桜」に表れたのだと思えて仕方がなかったのです。
上手く表現できないのですが、単に風流心がこの奇跡を呼んだというより、
もっと深いところの精神性の連鎖、長い歳月に引き継がれて来た
日本人の血がそうさせたのだと気づかされ、納得したのです。

メディアやアカデミズムの世界に於いて、間違った歴史観で日本を憎む人間たちが、
日本の善き文化や精神性を壊そうとするばかりの動きをしています。
更には外国勢力の介入により政治の世界の分断工作が仕掛けられる沖縄、北海道、
大阪等の危機的状況があります。

加えて、反日教育を受けた国からの移民や、日本の文化伝統をどれほど理解できるのか
分からない経済的困窮を逃れる為の移民が押し寄せ、
国柄が否応なしに変わりゆくのを不安な気持ちで見ていなければなりません。
日本が日本で無くなることに胸騒ぎを覚えるものです。

悲観的になるなか、日本人の心に訴えるこのエピソードのなかにある
日本人の精神性が、一筋の希望の光とも思えてきます。





つた ライン


  万葉集に触れた記事を2015年9月17日に「二百十日」と題して書いています。
    http://yomogimochi1012.blog.fc2.com/blog-entry-346.html

  こうして過去記事を探して読むことは、呆けゆく脳に刺激を与えます。
  実際、こんなことを書いていたんだと、あらためて吃驚!のことが多いものですから。


「万葉集、いにしへびとのかなしみに身も染まりつつ読む万葉集」
     
と若山牧水が詠んでいます。


  「平城山」を詠んだ北見志保子も曲を作った平井康三郎も素晴らしい!

 
  2017年4月9日に「平城山」と題して書いています。 
    http://yomogimochi1012.blog.fc2.com/blog-entry-614.html
  
  何度でも載せることになる平城山です(笑)


 平城山

  https://www.youtube.com/watch?v=9_bVL7-XML8
 
 平城山/藤山一郎 万葉の心を歌う


序に載せます。

平城山関連記事
 2014/10/26 大和三山によせて
 2015/9/17   二百十日
 2017/4/9     平城山




つた ライン


  【国家を哲学する 施光恒の一筆両断】
桧原桜 日本人のコミュニケーション   2019.3.11 07:10

春めいた日が多くなってきました。桜の便りももうすぐでしょう。
桜といえば、私の住む福岡市には「桧原桜(ひばるざくら)」の話があります。

昭和59年3月、福岡市の南郊、桧原で小さな事件が持ち上がります。
ため池のほとりに9本の桜からなる小さな並木があり、地元の人々に親しまれていました。
それが道路拡張工事のため、切られることになったのです。

人々は落胆しつつ、せめて桜の季節以降まで伐採を延期してほしいと願いました。
試しだったのでしょうか、並木の最初の1本が、3月初旬に、市から委託された業者の手で切られました。
その数日後、残った8本のうちのいくつかに、次の和歌が記された色紙が掛けられます。
桜の木を惜しむ近所の人の手によるものでした。

  花守(はなも)り 進藤市長殿
 花あはれ せめてはあと二旬 ついの開花を 許したまえ

当時の進藤一馬福岡市長を「花守り」と呼んだうえで、
あと「二旬」、つまり20日間伐採を待ち、最後の開花を許してやってほしいという歌でした。
数日後、西日本新聞が、色紙がかけられた桜のことを夕刊で報じました。
記事には、取材を受けた近所の主婦のエールの歌も添えられていました。
 先がけて 花のいのちを 乞(こ)う君の われもあとにと 続きなん

また記事には、市当局と桜の所有者である地元の水利組合が話し合った結果、
伐採は桜の季節以降に延期したとも記されていました。
その後、記事を読んだ多くの人々が、次のような花を惜しむ歌の色紙や短冊を持ち寄り、木に掛けました。
   春は花 夏は葉桜 幾年を なぐさめられし 並木道かな
   年どしに 賞(め)でし大樹の このさくら 今年かぎりの 花をはぐくむ


桜並木に掛けられた数多くの和歌のなかに、
ひっそりと「香瑞麻」という雅号が添えられた次のような一首もありました。
  桜花惜しむ 大和心のうるわしや とわに匂わん 花の心は

「香瑞麻」とは進藤氏の号であり、市長からの返歌だったのです。
進藤氏は桜並木に掛けられた歌のことを知り、
市の担当者に「何とか花の命を延ばすことは、でけんだろうか」と
再検討を促すと同時に、この一首を枝に下げるよう指示したのです。
ちなみに発端となった歌に気づき、何かと気を配った元九州電力社長の川合辰雄氏は、
先ごろ亡くなられました。

それはともかく、進藤氏は後日、次のように回想しています。

「…たとえ市長である私がどう思っても、個人としての私情ではどうにもならないことが
 行政には多々ある。だから桜の木は切り倒されるかもしれない。
 だが、あなたの花を愛する心情は確かに受け止めたという気持ちを託しました。
 幸い、担当部門での検討の結果、九本のうち八本は歩道の中に組み入れることで残され、
 新しく並木用に桜の若木二本も植えられることになった」

この回想にあるように、桧原の人々の気持ちが通じ、結局、順延されただけでなく、
残りの桜並木は伐られずに済むことになりました。

さてさてパイプのけむり 

直後の昭和59年4月に作曲家の團伊玖磨氏が、
氏のよく知られた随筆のシリーズ「パイプのけむり」の一篇で
桧原桜を取り上げました。

…この話は小さな話しかもしれない。
 然(しか)し、この小さな話しの中に、僕は大きな、今の日本の社会で忘れられがちな、
 暖かく、人間が人間を信じる叡智(えいち)に満ちたコミュニケーションの見事な開花を
 見る気持ちがする。

 ついの開花を願った誰か判らぬ心の優しい人は、
 ヘルメットを被って伐採反対運動を組織する愚も、座り込みもしなかった。
 そして、只、一首の歌を桜の枝に吊ったのだった。
 工事の責任者はその短冊を千切らずに市長に伝えて呉(く)れた。

 そこが嬉しいところである。
 そして、市長が又歌を以って桜花を惜しむ人に答え、
 ついの開花を実現させたのである。…


われわれ日本人が好み、人々の心を動かすもの、
そして日本の政治のかたちを考えていくうえで重要な事柄が、
桧原桜の話には含まれていると感じます。
35年後となる今年の開花も待ち遠しいですね。




【プロフィル】施光恒
 せ・てるひさ 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。
英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院博士課程修了。法学博士。
現在は九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専攻は政治哲学、政治理論。
著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など。
「正論」執筆メンバー。


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個別記事の管理2019-02-08 (Fri)
国語の周辺


すみれ



あなたにあなたに 謝りたくて・・・
今日も叶わぬ思いで、何度も聴きます。

吾亦紅

 https://www.youtube.com/watch?v=TbCH7ZvmipY&list=RDTbCH7ZvmipY&start_radio=1&t=33

吾亦紅 画像
作詞 ちあき哲也
作曲 杉本真人
唄  すぎもとまさと


マッチを擦れば おろしが吹いて
線香がやけに  つき難い
さらさら揺れる 吾亦紅
ふと あなたの 吐息のようで...

盆の休みに 帰れなかった
俺の杜撰さ 嘆いているか
あなたにあなたに 謝りたくて
仕事に名を借りた ご無沙汰
あなたにあなたに 謝りたくて
山裾の秋 ひとり遭いに来た
ただあなたに 謝りたくて

小さな町に嫁いで生きて
ここしか知らない人だった
それでも母を 生き切った
俺、あなたが 羨ましいよ...
今はいとこが 住んでいる家に
昔みたいに 灯りがともる

あなたはあなたは 家族も遠く
気強く寂しさを 堪えた
あなたのあなたの 見せない疵が
身に沁みて行く やっと手が届く
ばか野郎と なじってくれよ

親のことなど 気遣う暇に
後で恥じない 自分を生きろ
あなたのあなたの 形見の言葉
守れた試しさえ ないけど
あなたにあなたに 威張ってみたい
来月で俺 離婚するんだよ
そう、初めて 自分を生きる

あなたにあなたに 見ていて欲しい
髪に白髪が 混じり始めても
俺、死ぬまで あなたの子供...
 




つた ライン



季節は丁度今頃、古今集の冬歌です。
舞う花びら
雪の舞う様を心に浮かんだそのままに歌に詠んだ
その感性の瑞々しさに魅かれます。
清原深養父は、清少納言の曾祖父なのですね。

    雪の降りけるをよみける
冬ながら空より花の散り来るは雲のあなたは春にやあるらむ


清原 深養父



建物のライン

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